私と二つの毛

チェロを始めて10年以上過ぎていた5年前の秋、・・・書道を始めた。

字が上手くなったらいいかも、というありきたりな動機だけだったように思う。

筆をにぎるのは中学校の授業以来。なんとも頼りない顔をした字がこの世に現れた。右腕は緊張で固まり、白い紙の上には黒い墨が容赦なく跡を残す。

その後いつの頃からか、チェロを弾く時、筆を動かしている時の感覚が混ざってきた。ppの時は筆の先ですーっと書くように、音を切るときは筆を紙から離すときのように。書道と音楽はつながっている?!

書道の先生は「リズミカルに。弓を動かす時のように・・・」と、筆をにぎって悪戦苦闘中の私に声をかけてくださる。先生が書く様子を見ると、筆は滑らかにまたは力強く紙の上を走り、筆先の動きも踊っているよう。筆が紙から離れる時はdiminuendoのように毛先一本になるまで残したり、華麗なジャンプをしたり。筆から音が鳴っているように感じる。

書の作品は無音の世界だけど、奥から音楽が聴こえてくる時がある。

一方、演奏する時に眺める楽譜には、音符たちが縦横に仕切られた線の中に所狭しと並んでいる。大きさも揃って綺麗に印刷されている彼らの正体が、実はもし、書の字のように太く濃い音符だったり繊細で淡い音符だったり、はたまた楽しそうに踊っている音符だとしたら・・・?

音を出している時、音程やリズムで懸命になっているけれど、目の前の譜面台に置かれている白黒の平面な世界から抜け出して、光や陰、丸や四角の立体・ザラザラやすべすべな手触り、色や風景など想像しながらもっと表現できるといいなぁ、・・・もっと表現したい!と思う。楽譜からいろいろな想像力を働かせて音を創り出していくのが演奏の楽しみでもあるので!

毛を動かした瞬間に、紙の上に永久に残るものが出来上がる書。そして、毛を動かした瞬間に、空中に飛んでいき消え去っていく音。墨で黒くなった6cmの毛と、松脂で白くなった60cmの毛。対照的で、遠いような、近いような関係の二つの毛。二つの偶然の出会いを起爆剤に、今後もたくさんの表情をしたものたちを生み出していこう、と思う。

(2010.6.17 Vc. C)