私とコントラバスとオーケストラ

私とコントラバスとオーケストラ

或るコントラバス奏者

「オーケストラやってるんだって? 何の楽器? 」と尋ねられ,「弦楽器の一番大きいのでね…」と答えると「あぁ,チェロだっけ? 」とよく言われます.惜しいなぁ,もっともっと大きい!!

通常オーケストラで使う弦楽器には弦が4本張られています.コントラバスの場合は高い方からG(ソ)D(レ)A(ラ)E(ミ)の4本ですが,5弦のコントラバスではさらに低いH(シまたはCド)が加わり,オーケストラで一番低い音域を支えることになります.その5弦のコントラバスを私は数年前から担当しています.5弦のコントラバスは決して目立ち過ぎてはいけない,だけどその存在によってオーケストラの表現に広がりや厚みが生まれます.私とコントラバスの出会いはかれこれ20年前のことになりますが(ズバリ一目惚れでした),初めてオーケストラの中でコントラバスを弾くことになったのはここフィルハーモニア福岡です.以前はいかに目立たず他の人の邪魔をしないように弾くかということだけに必死で,楽器がうたうことや,他の楽器とのアンサンブルを楽しむ余裕なんて,全くありませんでした.その私が,5弦コントラバスを弾くことによって重要な役割を持つことになったのです.技術的にはまだまだですが,自分の音がみんなの支えとなれるようにと願って弾いています.

オーケストラで演奏される曲は,同じ音符で何十年・何百年もの間いろいろな演奏者によって弾き継がれてきたものです.でもその演奏は,演奏者によっても指揮者によっても,また演奏会によっても全く異なります.演奏中は言葉を使わずにコミュニケーションをとります.「お,旋律はそう歌いたいのか.じゃぁ,こちらも合わせよう」「さぁ,次は○○のソロだ.小さな音で,でもしっかりとした低音で支えているから,どうぞ気持ちよくうたってね」などなど.だから演奏者のそれぞれのその日の想いで少しずつ変わってくるし,それはオーケストラのおもしろいところでもあると思います.

次のようなコミュニケーションは目でもとっています.「ちょっとテンポが早くなりすぎてない?」「次のフレーズは難しいから,みんなでタイミングを合わせようよ」.皆さんは「白目(しろめ)」のある生き物を思い浮かべることができますか? 実はどの動物も白目は瞼の中に隠れていて,黒目と白目の区別がはっきりとわかるのはヒトだけだそうです.それは言葉を使わずに相手に合図を送るため,気持ちを伝えるための進化だといわれています.おもしろいと思いませんか.意味をもつ言語を唯一操ることのできる人間だけが,言語を使わずにコミュニケーションをとるための白目をもっているなんて.でも人間も黒目だけだったら,コンサートマスターの合図も,ティンパニーとのタイミングも,指揮者の笑顔もよくわからなかったでしょうね.

さぁ,もうすぐ本番です.ステージの最後列から床をはって客席の皆さんのところまで,オーケストラのうたう全ての音を,そしてみんなの想いをのせて,あたたかいコントラバスの音をお届けできたらと思います.

(2010.2.14 Cb. H)